先ごろ西蔵(チベット)自治區(qū)山南市克松コミュニティで、達(dá)瓦さんが語る起業(yè)の物語を耳にした。手押し耕運(yùn)機(jī)を操縦する仕事から、小さな飲食店の経営、さらに農(nóng)業(yè)用コンバインの請(qǐng)負(fù)業(yè)、そして長(zhǎng)距離トラックの運(yùn)転手までこの26年間で6回にわたって「転職」し続けてきた。彼は現(xiàn)在、克松で2階建ての一軒家に暮らし、拉薩(ラサ)にも不動(dòng)産を購入した。今後は田舎暮らしを體験できる宿泊施設(shè)「農(nóng)家楽」を経営する予定だ。
人々に富をもたらし西蔵を振興しようとするならば、西蔵の人々の奮闘精神と発展の願(yuàn)いを確かなものにすることが極めて重要だ??怂嗓扦?、達(dá)瓦さんのような家庭は少なくない。この「西蔵を民主改革第一村」において、克松の人々は當(dāng)時(shí)率先して民主改革を行った人々のように、勇敢に探索し夢(mèng)を追い、発展の道で汗水を流して働き、活力あふれている。どうしてこんなに頑張るのかと聞いたところ、「美しい生活は自らの両手で勝ち取り、美しい家庭は自らの両手で築く」や「國の発展と時(shí)代の進(jìn)歩に加わることができ達(dá)成感がある」といった答えが返ってきた。
人々に富をもたらし西蔵を振興しようとするならば、各級(jí)?各地からの援助と支援が不可欠のエンジンだ。日喀則市白朗県の人々はハダカムギを栽培し、収穫後に家の倉庫に保存する習(xí)慣があった。他の収入源はなく、衣食に事欠かない生活を送るだけでやっとだった。近年は各級(jí)の支援があり、産業(yè)発展計(jì)畫が整い、大きな農(nóng)業(yè)用ビニールハウスが白朗の新たな風(fēng)景になった。有機(jī)キュウリやイチゴ、カボチャなど、西蔵への農(nóng)業(yè)支援専門家の指導(dǎo)により、これらの高い経済的価値を持つ野菜と果物が高原の人々の食卓を豊かにし、人々の懐も豊かにした。スマート化と技術(shù)協(xié)力による貧困支援は、農(nóng)家?牧民の富を築く希望の窓を開いた。白朗県は2018年10月に正式に貧困脫卻を?qū)g現(xiàn)した。
2020年に小康社會(huì)(ややゆとりのある社會(huì))を全面的に建設(shè)する目標(biāo)を見據(jù)え、西蔵の任務(wù)は重く責(zé)任は大きい。習(xí)近平総書記は、人々に富をもたらし西蔵を振興するためには、各民族の幸福促進(jìn)を西蔵振興の基本的な出発點(diǎn)及び立腳點(diǎn)とし、民族の団結(jié)と國民生活の改善による経済発展及び社會(huì)の全面的な進(jìn)歩の促進(jìn)をめぐり、各民族により良く改革?発展の成果を共有させる必要があると強(qiáng)調(diào)した。このような方針を受け、西蔵の都市部の1人あたり可処分所得は昨年3萬3797元(1元は約16.65円)、農(nóng)村部は1萬1450元に達(dá)した。60年前の民主改革は、人々の幸福な生活を築く深い熱意を引き出した?,F(xiàn)在、中國の特色ある社會(huì)主義は新時(shí)代に入っており、チベットの人々の素晴らしい生活という夢(mèng)を追う足取りはより安定し、力強(qiáng)くなっている。
「厳冬を経験した人が太陽の暖かさを最もよく知っている」という言葉にあるように、伝統(tǒng)的な農(nóng)耕社會(huì)を経験した農(nóng)家?牧民は、農(nóng)村振興戦略に導(dǎo)かれ、信頼を重視し商業(yè)を理解し、技術(shù)を手に入れた新型農(nóng)家?牧民になろうとしている。數(shù)日の取材の中で、多くの積極的な変化が印象的だった。ターゲットをしぼった貧困支援や手と手を取り合って奮闘することで、黨の民衆(zhòng)に対する関心から、人々は貧困から脫卻しようという力を得ていると言ってもよい。また現(xiàn)代農(nóng)業(yè)?牧畜業(yè)の発展により農(nóng)家?牧民は身近に新たな生産方法と経営理念を習(xí)得している。さらに自ら起業(yè)し、市場(chǎng)に進(jìn)出することで起業(yè)者は市場(chǎng)経済で大活躍する自信と能力をつけている。得難い幸福な生活を惜しみ、両手でより光あふれる未來を創(chuàng)造することが、西蔵の幹部?人々に共通する心の聲になっている。
一人の落後者も出さずに小康社會(huì)を全面的に建設(shè)し、西蔵の人々はより素晴らしい生活への一歩を踏み出そうとしている。(編集YF)
「人民網(wǎng)日本語版」2019年4月26日