
唐代の女帝?武則天の生涯を描くドラマ「武媚娘伝奇」が好評(píng)放送中だが、唐の時(shí)代の都市はどのような様子をしていたのだろうか?その想像は人によって異なる。重慶市の市街地から100キロ以上離れた永川區(qū)朱沱鎮(zhèn)には、ほぼ完全な狀態(tài)で保存された唐?宋の時(shí)代の古県城遺跡が埋まっている。これは重慶市內(nèi)に現(xiàn)存する遺跡の內(nèi)、最も豊富で保存狀態(tài)が良く、時(shí)代の連続性が最も高い遺跡の一つだ。漢東城遺跡の発掘現(xiàn)場(chǎng)の責(zé)任者である代玉彪氏は、「同遺跡から唐?宋の時(shí)代の城壁、手の込んだ石版の道路、美しい磁器、合理的に設(shè)計(jì)された水供給?排水システムが発見(jiàn)された」と述べた。重慶晩報(bào)が伝えた。
考古學(xué)者はその他にも、新石器時(shí)代、商、周、漢、唐、宋、元、明の文化財(cái)を発見(jiàn)した。これには城壁、住宅跡地、墓、道路などが含まれ、社會(huì)生活の各方面を網(wǎng)羅している。
◆道路の広さは4メートル弱
當(dāng)時(shí)の賑わいを伺わせるのは、都市內(nèi)の広い道路、巧妙な排水システムなどのインフラだ。調(diào)査によると、漢東城遺跡には縦4本橫5本の道路があった??kの道路は南北の商業(yè)區(qū)、居住區(qū)を結(jié)び、橫の4本の道路は長(zhǎng)江のほとりに直接向かっていた。
代氏は、「この幅広い道路は、唐?宋の時(shí)代の県城遺跡としては稀だ。成都市の江南館街唐宋街坊遺跡の道路も2メートル余りの幅しかない。ここからは、當(dāng)時(shí)の漢東城の経済発展の程度を伺い知ることができる」と話した。
◆地下排水管も存在
考古學(xué)者は漢東城遺跡から、巧妙に設(shè)計(jì)された水供給?排水システムを発見(jiàn)した。排水に用いられたのは石?陶器の水道管の2種類で、今日の地下排水システムと同様、地下數(shù)十センチに設(shè)置されていた。陶器の下水管は、竹の節(jié)のようにつながれ、屋內(nèi)の汚水を屋外の排水口に流した。大小様々な排水口を通じて、汚水は最終的に長(zhǎng)江に流された。(編集YF)
「人民網(wǎng)日本語(yǔ)版」2015年1月26日
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