林さんも生涯未婚で、70歳になる直前に、養(yǎng)子として女の子を引き取った。林さんは非常に気の強(qiáng)い性格で、目つきも鋭く、部屋にはナイフをたくさん置いているという。包丁や果物ナイフのほかに鎌もあり、「鎌は何に使うのか?」との質(zhì)問に、林さんは、「夜に泥棒が來たら、それでやっつけるのだ」と答えた。
15年末、林さんはこの世を去った。地元の風(fēng)習(xí)では、息子もしくは男性の親族でなければ墓石を立てることができないため、養(yǎng)子の娘は林さんの墓に土を盛ることしかできなかった。
韋さんと林さんは、「窓」のような存在で、私たちに高齢になった元慰安婦の生活やその背後にある歴史の真相を見せてくれる?!肝堪矉D」は、一生その心に傷を負(fù)うのだ。生存している被害者は、すでに満身創(chuàng)痍の狀態(tài)だ。慰安婦になったことで出産できなくなり、養(yǎng)子を引き取る被害者もいれば、一人暮らしを強(qiáng)いられる被害者もおり、とても孤獨(dú)で貧しい日々を送っている。また、決して拭い去ることができない當(dāng)時(shí)の記憶に日々苦しめらている被害者もいる。すでに亡くなったある元慰安婦は生前、寢る前に、必ずナタを枕元に置いていた。
人生を臺無しにされ、憎しみを抱いて一生を過ごす。何十年経っても、癒えず、血が流れ続けるような心の傷???。元慰安婦は加害者の「謝罪」の言葉をずっと待っている。本當(dāng)に胸が痛くなるのは、これほど多くの中國の元慰安婦が訴えを続けているにもかかわらず、日本政府が未だに謝罪を行わない點(diǎn)だ。
日本が実施した「慰安婦制度」が20世紀(jì)の人類の歴史において、最も醜く、最もおぞましく、最も闇に包まれた一ページとなっており、世界の女性の歴史においても最も殘酷な記録であることに疑いの余地はない。第二次世界大戦中、少なくとも中國の女性20萬人が、舊日本軍によって強(qiáng)制的に「慰安婦」にさせられ、非常に殘酷な扱いを受けた。その生存者は32人から22人、そして、11人へと減り、時(shí)間の流れと共に、その數(shù)は減るばかりだ。
にもかかわらず、安倍政権は「慰安婦問題」という軍國主義の罪悪を何とかして否定しようとしている。安倍政権は廃墟で踴っているだけでなく、傷口に塩を塗り、九死に一生を得た元慰安婦を「戦場の売春婦」だったと誹謗中傷している。そして、語り盡すことのできないほどのその非人道的行為を「必要だった」とさえ論じている。
「最後の一人になったとしても、日本が謝罪する日を必ず見たい」。これは多くの元慰安婦の堅(jiān)い信念だ?,F(xiàn)在生存している「生きた証人」は遠(yuǎn)くはないうちに全員この世を去ってしまう可能性が高く、日本政府はそのようにして問題を解決しようとしている。しかし、過去の罪悪による傷跡は時(shí)間が流れても殘り続け、人々の胸を痛め続けている。
日本政府が元慰安婦に直接謝罪するための時(shí)間はもうほとんど殘されていない。(編集KN)
「人民網(wǎng)日本語版」2017年7月19日
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