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191年前の船の漂流がきっかけで中國から日本に伝わった「寧波キンカン」

人民網(wǎng)日本語版 2017年06月08日14:00

日本のキンカンのうち「寧波キンカン」という品種は、浙江省寧波市から伝わったものだということはほとんど知られていない。寧波市北侖區(qū)はかつて、中國最大のキンカンの産地で、キンカン栽培の400年以上の歴史がある。日本の「寧波キンカン」は昔、ひょんなことがきっかけで日本に伝わったとされている。寧波林業(yè)局の元職員である林大盛さん(81)は、ずっと「寧波キンカン」について研究しており、同業(yè)者と共に「寧波キンカンが日本に伝わった歴史」と題する論文を仕上げ、専門雑誌に掲載されたことがあるという。寧波晩報が報じた。

林さんによると、「寧波キンカンが日本に伝わった歴史は、寧波が中國の海上シルクロードの重要な出発港の一つであったことを側(cè)面的に示している。海上シルクロードを通して、中國から日本に伝わった果物は他にもたくさんある」という。

漂流がきっかけで日本に流れ著いた「寧波キンカン」

果樹について研究している多くの人は、日本に「寧波キンカン」があることを知っている。日本にある多くのキンカンの品種の一つで、名前に地名が入っている數(shù)少ない果樹の一つだ。林さんが収集した史料や証拠が示すところによると、1826年1月2日、「得泰號」という名前の寧波の商船が浙江省の乍浦港を出発した。元々、日本の商人3人を長崎まで送る予定だった。ところが、暴風に襲われて船體が破損し、航路から外れて靜岡県の近くに漂著した。靜岡で停泊している時に、「得泰號」に食べ物を提供する仕事を擔當していたのが、柴田権左衛(wèi)門という人物で、「得泰號」に珍しい品種のキンカンがあるのを発見した。彼がそれまでに見たことがあるキンカンとは明らかに違い、丸くて大きく、とても風味があった。そのため、彼は船長に掛け合ってその実を數(shù)個分けてもらい、その種を自分の庭に植えて、大切に育てた。すると、質(zhì)の良い実ができるようになったという。その後、「得泰號」が殘したキンカンが「寧波キンカン」と呼ばれるようになり、日本に根を下ろして、日本各地で栽培されるようになった。


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