■男同士の「英雄相知る」で父親を理解する
強烈な性格だった母親さきに比べると、父親菊次郎は小心者だった。北野武は同著の中で、貧乏なペンキ塗り職人だった父親は普段は無口で大人しいが、酒を飲むと毎日のようにちゃぶ臺をひっくり返して暴れたと綴(つづ)っている。「キッズ?リターン」の誘惑に負けて減量に失敗するボクシング選手や、「BROTHER」の悪黨になりきれないチンピラなど、北野武の映畫の中によく登場する、気が弱くて情けないけど、優(yōu)しくて思いやりのある悲しいヒーローたちの姿に、父親、菊次郎の影が投影されている。
「父親はある日江の島の海岸に俺を連れて行ってくれたことがあった。あれが、記憶の中に殘る、父親と2人で過ごした唯一の楽しい時間だ??证椁?、このせいで、映畫の中によく海が出てくるのだろう」と北野武は語っている。この言葉通り、「あの夏、いちばん靜かな海。」は、海を舞臺に展開されるストーリーになっている。そして、「菊次郎の夏」は、北野武が父親に書いたラブレターだ。主人公は、酔うと暗い夜を怖がり、タバコをくわえてぼんやりと座っているような、暇をもてあました風変わりなチンピラ中年男性だが、その中に、父親との記憶が最も荒涼とした重厚なシーンの殘像として殘っている。息子は、父親が立派でないかもしれないことからもたらされた欠乏感を男同士の「英雄相知る」で許容し、受け入れた。
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