國(guó)際部なので、クリスマスにはツリーが飾られます。素?cái)长手匍gたちとの一枚です。
長(zhǎng)年にわたり、中國(guó)ではごく普通の、愛(ài)らしい日本の若者たちが常に活躍してきた。彼らは自身の知識(shí)と熱意を中國(guó)の地に捧げてきた。彼らの中には社會(huì)人になったばかりの若者もおり、中國(guó)語(yǔ)もほとんど話(huà)せないものの、努力と楽観的な姿勢(shì)で、異國(guó)の地で人としての価値を?qū)g現(xiàn)させようとしている。日本國(guó)際協(xié)力機(jī)構(gòu)(JICA)が中國(guó)に派遣するボランティアたち、それがこうした若者たちだ。ボランティアたちは通常、1~2年間中國(guó)に滯在し、そのほとんどが條件的にも厳しい遠(yuǎn)隔地や貧困地域へと派遣され、そこで教育や醫(yī)療といった業(yè)務(wù)に従事し、現(xiàn)地の人々と一緒に生活する。人民網(wǎng)日本語(yǔ)版では「中國(guó)の日本人ボランティア」コンテンツにおいて、こうした日本人ボランティアたちが中國(guó)で経験したエピソードや思いを紹介する。
今回紹介するのは北京中日友好病院で青年海外協(xié)力隊(duì)の看護(hù)師隊(duì)員としてボランティア活動(dòng)を展開(kāi)している巖崎春香さん。巖崎さんはボランティア活動(dòng)に対する情熱と中國(guó)に派遣された経緯、そしてこれまでのボランティアとは異なる期待や感動(dòng)について紹介している。中國(guó)語(yǔ)が一言も話(huà)せなかった巖崎さん。わずか半年で簡(jiǎn)単な會(huì)話(huà)をできるようになるまでになった彼女の目に中國(guó)はいったいどのような國(guó)に映ったのだろうか。
皆様、初めまして。青年海外協(xié)力隊(duì)の看護(hù)師隊(duì)員として北京にある中日友好病院に派遣されている巖﨑春香と申します。1月下旬で、北京に來(lái)てちょうど半年が経ちました。冬の北京は毎日氷點(diǎn)下の朝を迎え、凍えながら出勤しています。しかし、病院に著くとスタッフがいつも笑顔で「春香~早上好!」と聲をかけてくれ、身體も心も溫かくなります。優(yōu)しい病院スタッフと共に、有意義な毎日を過(guò)ごしております。
今回は、私が協(xié)力隊(duì)に參加した理由について書(shū)かせていただきます。私が協(xié)力隊(duì)に參加した理由は2つあります。1つ目は「ボランティアとは何か」という疑問(wèn)です。
私は大學(xué)生の頃からボランティアに興味がありました。YMCAスキーキャンプへの參加、友人達(dá)と“ちちんぷいぷい”という看護(hù)學(xué)生から成る病児への遊びボランティア組織の立ち上げ等を行いました。社會(huì)人になってからも出來(lái)る範(fàn)囲でボランティア活動(dòng)に參加しました?!哎弗悭靴螗烯`ト”が行っているミャンマーでの短期醫(yī)療ボランティア活動(dòng)、“キッズドア”が行っている貧困家庭の子どもへの學(xué)習(xí)支援ボランティア活動(dòng)などです。キッズドアでの活動(dòng)では、子ども達(dá)と學(xué)習(xí)を通じて沢山交流しました。子ども達(dá)から沢山のことを?qū)Wびました。私は今まで様々なボランティアに參加し、仕事では経験できない貴重な體験をしました。しかし、日本においてボランティア活動(dòng)の価値は非常に低いのが現(xiàn)狀です。
短期醫(yī)療ボランティアでミャンマーへ。貧しいけれど心の豊かさがありました。
おやつを選ぶ子どもたち。勉強(qiáng)の合間にいろいろな話(huà)をしました。
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