一人の平和主義者として、一人の息子として、作者?田中信幸氏は我々を、父?武藤秋一氏の內(nèi)的世界へと案內(nèi)する。父子二人の魂のぶつかりあいと救いとは、これまで知られることの少なかった戦時(shí)の日誌と300點(diǎn)余りの書簡とを公開し、日本の中國侵略の歴史をもう一つの側(cè)面から明らかにすることを可能とした。本書は我々に、一人の侵略者の日常生活を垣間見せる。大砲がすぐ傍で鳴るのを聞き、震えるほどの恐れを感じる。戦友が強(qiáng)姦と慰安婦の話を平気でし、感覚が徐々に麻痺していく。さらには中國の兵士を殺す時(shí)、一抹の興奮さえ覚えるようになる。人間と人間性を戦爭がいかに破壊し、害悪を及ぼすかが、文中にまざまざと描き出される。
田中氏は、父の人生に近付こうと努力した。そして、認(rèn)めないことは存在しないことを意味するものではなく、過去の罪を否定したり隠したりすることは魂の解放をもたらさないという真実を明らかにすることとなった?!父袱丹螭椁浃盲繎闋帳锨致詰闋帳坤盲郡韦馈工认⒆婴搜预铯欷扛袱献畛酢⒕芊瘠葢嵟扦长欷藦辘à?。しかし最後には、「自分の加わった戦爭が侵略戦爭だと認(rèn)めてしまえば、自分の人生すべてを否定することになる。それが恐ろしい」という本音を語るようになる。戦爭をめぐる父子の対話は10年余りにわたって続いた。作者はまた父となることで、責(zé)任の重さをさらに深く理解するようになったという?!杆饯悉ⅳ胜郡趣趣猡?、あなたの參加した侵略戦爭の責(zé)任を背負(fù)う。我々はこれからともに前を向き、明るく暮らしていくことができる」。戦爭責(zé)任に向き合うということは、父の世代の人生に失敗の烙印を押すことではない。父の代と自らの代、さらには子どもの代が、頭を上げて未來を求めることを可能とし、和解と平和のために貢獻(xiàn)するという人生の成功をもたらすものである。
このような人生を送るには、強(qiáng)固な信念と長期的な展望が必要となる。日本の右翼はこれまでも、歴史の責(zé)任をまっすぐに背負(fù)おうとする人を「売國奴だ」「自虐史観だ」と罵ってきた。だがこれらの日本人の平和事業(yè)を支えているのは愛國の心である。人民日?qǐng)?bào)社記者の取材を初めて受けた田中氏は、「中國の『人民日?qǐng)?bào)』の取材を受けたら、これまでの百倍の罵聲に遭うかもしれない。だが心の準(zhǔn)備はできている。なぜなら私は本當(dāng)の愛國者であり、日本を心から愛しているからだ。日本の未來のためには、自分が立ち上がり、より多くの日本人に、過去の侵略を真面目に考え、反省するように呼びかけなければならない。私の國が二度と同じ過ちを繰り返さないためだ」と語り、聞く人に衝撃をもたらすものだ。
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