マララさんのフルネームは「マララ?ユスフザイ」、カイバル?パクトゥンクワ州スワート地區(qū)で生まれた、ごく普通の女の子だ。タリバーンは2007年、同地區(qū)の女の子が學(xué)校に通學(xué)して勉強(qiáng)することを禁止した。マララさんは2009年、スワート地區(qū)での生活の記録をネット上で公開(kāi)すると同時(shí)に、パキスタンの女性と子供の権利を守ることを、國(guó)內(nèi)外のメディアに訴えてきた。2012年10月9日、マララさんは乗っていたスクールバスで銃撃されて重傷を負(fù)い、英國(guó)に搬送されて治療を受けた。傷が治ると、マララさんは世界各地に赴き、女の子が教育を受ける権利について訴えた。國(guó)連で演説し、英エリザベス女王から招待を受け、米週刊誌「タイムズ」の2012年「今年の人」にノミネートされた。2012年11月10日、國(guó)連は毎年7月12日を「マララデー」とすると決めた。
「わたしはマララ」は、全編を通じ、向上を目指すエネルギーと希望に満ち、銃弾も貫くことができなかった彼女のパワーが溢れ、大きな災(zāi)難を経て、ひとりの女の子がどのように成長(zhǎng)し、どのような行動(dòng)で世界に大きな影響を及ぼしたかを、読む人に伝えている。同書(shū)の英文原書(shū)は2013年に出版され、世界各地の読者が、彼女の勇気と決意に大きく心を揺さぶられた。(編集KM)
「人民網(wǎng)日本語(yǔ)版」2014年10月14日
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