あれから約30年が過(guò)ぎ、夫が中國(guó)に転勤になった。夫に付き添い、私は昨年娘も連れて北京に來(lái)た。今回は以前と全く違い、行きたいところに自由に行くことができるようになっていた。來(lái)たばかりの時(shí)は、北京の道路は迷路のように広いと感じた。そして、ただ道を歩くだけでも頭がふらふらし、不安な思いに駆られた。毎日外出するたびに、ビクビクして、きょろきょろ周りを見(jiàn)回していた。その後、北京のいろんな所を見(jiàn)て回り、自分が北京の住民になったつもりで北京の街中を観察すると、ここにある全てのものがとてもおもしろく感じるようになった。
主婦である私の主な仕事は料理。市場(chǎng)では、海南省や雲(yún)南省、新疆維吾爾(ウイグル)自治區(qū)など、中國(guó)全土の各地から送られて來(lái)たいろんな野菜や果物、さらに、世界各國(guó)の珍しい山や海の産物、調(diào)味料など、何でも買(mǎi)うことができる。毎回市場(chǎng)に行くたびに、圧倒される思いになり、どれを選べばいいのか分からなくなる。
北京の街中は、季節(jié)によって景色が変わる。北京の歩道はとても広く、さまざまな木が道路わきに立ち並んでいる。日差しの強(qiáng)い夏に、太陽(yáng)の光が木の葉の隙間から差し込んでいると、とてもさわやかな気持ちになる。秋の北京は、空が高く天気も爽快で、葉の色もとても美しくなる。寒さの厳しい冬になると、北京の人達(dá)は輪ゴムで一つに束ねられているかのように、互いに寄り添い合って寒さをしのぎ、春の到來(lái)を心待ちにしている。春になると、街中の木の葉が青々と茂り、きれいな花も次々に咲く。これら全ては、北京の人にとっては普通のことかもしれないが、私のような引っ越して來(lái)たばかりの人にとっては、四季の景色が新鮮で、とても好ましい。
私は北京の古いお寺が大好きだ。昨年の冬のある日、にぎやかな街を離れて、きれいに掃除された古い寺の中に入った。そこで木を仰ぎ見(jiàn)たとき、とてもさわやかな気分になった。靜けさの漂うお寺で、僧侶たちが忙しそうに活動(dòng)し、敬虔な仏教徒が參拝している様子は、外とは全く異なる世界で非常に印象深かった。
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